偶然と偶然

2014年09月

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日本からも毛利衛、向井千秋、若田光一、土井隆雄、野口聡一、星出彰彦、山崎直子の各宇宙飛行士が日本代表として大活躍をした。これからも形は違っても後に続く宇宙飛行士が、夢と希望を持って宇宙に飛び立つに違いない。そう願っている。
 
最後に人類に夢と希望を載せたスペースシャトルは、アメリカ国内で展示されると言う。何か勿体ないと思う。もう飛んでいる勇姿は見られない。これからも永遠に人々の心に残ることでしょう。そして儚くも亡くなった14人の宇宙飛行士も、その名前を忘れることなく地球の歴史に記されるでしょう。
 
光輝く地球、そこには195カ国、およそ69億の人々が住んでいる。
 
その中に自然が年に四回も変わる国が有る。人々はその国の名前を日本と呼び、そこに住む人々は自然の変化を四季と呼んでいる。旧約聖書には神が天地万物を創造したと記されている。外から見た地球は、真黒な宇宙空間に有って青く光り輝いていると言う。
 
最初に地球を見たロシアの宇宙船飛行士ガガーリンは「地球は青かった」と言う有名な言葉を世界中に伝えた。以来、数多くの宇宙船飛行士が彼の見た地球に感動のメッセージを発信した。
 
神が創造した中には大地の他に水も有った。地球表面の陸地と海洋面積の割合は約3:7と言われているが、この割合は人間の体重の割合にも良く似ている。これが偶然なのか、分らないが不思議な気持を感じます。人類は、この美しい地球からたくさんのエネルギーをもらって生き続けて来た。これからも永遠にもらい続けて生きて行くに違いない。

有人宇宙船スペースシャトルは全部で135回、355人の飛行士を広い宇宙空間に送った。送ったものは飛行士だけではなかった。限られたスペースに人類の大きな夢と希望を託したのもスペースシャトルです。
 
最後の打ち上げは2011年7月8日、午後11時29分(日本時間9日午前0時29分)に「アトランティス」が最後の舞台となるケネディー宇宙センターより打ち上げられた。
 
この最後の宇宙船も夢と希望を載せて大勢の人々が見守っていた。9分後には燃料タンクも切り離され最後の任地、建設中の宇宙ステーションに向ったのだ。その頃、地上では全世界の人々が無事に目的地に着くように祈った。私達に出来ることと言えば祈ることしか出来なかった。
 
過去には「コロンビア」「チャレンジャー」「ディスカバリー」「エンデバー」と開発されたが、1986年1月には「コロンビア」が、2003年2月には「チャレンジャー」の2度の不運な事故で一瞬に14人もの尊い飛行士が夢と共に大地に散ったのも記憶に新しい。
 
以来、どん底に突き落とされ飛行計画。夢を諦め掛けた頃に新たな戦いの挑戦が始まったのだ。少しずつ小さな改善が行われより安全になった。飛行を重ねる度に安全が確認され、その度に人々は祈り希望も膨らんだ。
 
今回も当初の計画より打上げ予定が延期になった。それは安全のため、過去にも打上げ寸前になって様々な機器のトラブルや当日の天気の影響も延期になった。繰り返される延期は、人々の燃える心に何度も水を刺したが燃料タンクが切り離された瞬間から希望が夢に変わった。
 
それから13日間、最後に計画された任務を行った。戻ったのも7月21日午前5時57分(日本時間午後6時57分)に、その使命を終えてケネディー宇宙センターに無事に帰還した。お疲れ様と言いたい。Goodbye don't know 卑しいの承諾 寂しい時間 チャンスはまだ角 Opportunity is still angle kiliero sunshinelife どのようにあなたを愛して 夢は遠く sheimiki

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