偶然と偶然

2015年06月

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一方、三木原の『新猫迎え』は未だに続いていた。  九九年のクリスマスにはオス猫のクロが加わった。これは近所の子供たちが『運動場で怪我しているのを見つけた。飼ってくれませんか』と持ちこんだ猫だ歐亞美創醫學集團。三木原は治療の上、飼い主を写真広告その他で探したが見つからず、結局我が家の猫になり、クロと名付けられた。  理由はこれまた安直なことに色が黒いからだ。胸の一部が白い以外、ほぼクロ猫と言っていい。  この話、このままだと美談になるが、まだ先があった。  クロは性格の悪い猫だった。他の猫のドライフードまで勝手にむさぼり食い、あっという間に巨大化し、よりによってわたしの盟友、チビを追いかけ靈芝 癌症、いじめはじめた。  三木原家の猫階層は、チビ、わたし、アスカ、シンジ、カオル、メイ、最後に三木原の順番だ。本来ならクロなどメイにも劣る最下層(三木原より上かどうかだけは議論の余地がある)なのに、たちまち巨大化した彼は小規模猫世界のトップになると決めたらしい。下から順番に恫喝を重ね、カオルを屈服させた後、一気にチビを狙った。  いかんともしがたいが体格が違いすぎた。チビは敗北し、クロがトップになった。愚かな三木原は小学生たちの情にほだされた挙げ句、とんでもない猫を家に招き、我が家の基礎階層を破壊した。かくしてクロは最近の言い回しでいう『新世界の神』になった王穎 imakeup。  斜め上で見れば、家一軒内の猫階層を巡るただの闘争である。そこで神様になってどうするつもりだと小一時間問い詰めたいものだが……そういう彼もこの地域最強の巨大オレンジ猫と戦えばあっさり負けたのだから、世間は自分が考えているより遥かに広く、強い奴は幾らでもいて、自分の存在などちっぽけなものなのだ、という猫哲学を彼も少しは学んだ事だろう。と、一応『黒猫を出せ』との編集者要望に添ったところで本題を語ろうと思う。  それはわたし、マーブルが罹《かか》った病気のことだ。  発症は今から四年前。西暦二〇〇三年二月とカルテにあるが、実際には遥か以前から罹っていた病だ。  その兆候はわたしの異様な食欲にあった。  若い頃のわたしは、ネコ缶四缶完食など当たり前。それに同量のドライフードをむさぼり食い、食い付きに驚いた三木原が『食欲魔猫』と呼んだほどの大食漢だった。  では、わたしは太っているのか?  とんでもない。体重四・三キロのスリム猫だ。胴体が適度に長いためこの体重で理想体形なのだ。食っても全然太らない体質である。大食漢でありつつ理想体型を維持できる我が素晴らしさにだれもが羨ましがる事だろう。人間世界にはセレブなモデルとかいう生き物がいるそうだが、その体形維持は過酷と聞く。中にはダイエット目的で腹の中に回虫の類いを飼っている人間もいるそうだが、一応三木原はわたしたちに定期的に虫下しを飲ませているのでその心配はない。生まれながらの完全スリム猫。それがこのわたしなのだ。  と、心から信じていた。そう。忌むべき知らせが来るその日までは——。  二月某日、三木原はわたしを見て言った。 「マーブルさん、どうも口臭が気になるんだが……なんかあるの?」  この人間はわたしを複数の呼び名で呼ぶ。基本はマーブル。他にマーブルさん。マー君。なぜか知らぬが一つに統一できないらしい。困った奴だが、口臭の件は実はわたしも気にしていた。相手が猫語を理解するなら、 「歯槽膿漏《しそうのうろう》かもしれないわね。それとも歯石かな」  と言い返した事だろう。

ACE

人間はいつか死ぬって、お前よく言ってたな」と、星一。
「自分に言い聞かせてたんだ。でもね、自分が逝くのは覚悟が少しはあったんだけど、逝かれちゃうのは考えたこともなかったし、今も考えたくもないんだけど」
「葉奈ちゃんだって同じだろ?お前や子供を残して逝かなければならない気持ち。お前たちは、仲良すぎるから、お互いの身代わりになってるみたいだな、まるで」
「そうか。俺たち入れ替わったのかな、お互いのために」
「告知してあげた方がよくないか。葉奈ちゃんもどうやって過ごしたいか。したいこともいろいろあるだろうし、話しておきたいこともあるだろ」と、星一は言った。

 一朗は葉奈に話そうと思った。言えずに飲み込むことの多い不自然な会話ではなく、本当の会話をしたいと思った。
「葉奈、ちょっと話をしようか」
 そう言いながらも、次の言葉の出て来ない一朗に、葉奈が言った。
「いっちゃん、頑張って」

 葉奈の言葉葵涌通渠で、一朗は笑顔を作った。
「葉奈。…ずっと一緒にいるって話した時のこと、覚えている?」
「プロポーズの晩のこと?」と、葉奈は言った。
「あの時、もう一言言いたかったんだ、本当は。『永遠に一緒だ』って」
「結婚式で、永遠の愛を誓ったわ。『死が二人を別つまで』という言葉を抜いてもらったでしょ」と、葉奈は微笑んで言った。「あの時も、とっても幸せだったけど、今はあの時と比べ物にならないくらい幸せよ。いっちゃんの奥さんになって、可愛い子供も出来て」
「葉摘(はつみ)と初樹(はつき)に会いたい?」
「うん」
「俺が代わってあげられたらいいのに。」と言って一朗は涙ぐみそうになった。葉奈は微笑みを湛えて言った。
「無理よ。もう代わってもらったのに。神様も困るわ」
 いつか、葉奈を残して逝かなければならないかもしれないと、いつも心の片隅で思い続けて、それゆえに、悔いのないようにできるだけyou beauty 美容中心好唔好葉奈を愛してきたつもりの一朗だった。その一朗の気持ちをきっと知っていて、葉奈は「代わってもらった」などと言う。
 やはり既に死期を悟っているのに違いない。
 そして、その一言を言い出せない一朗のために、葉奈は逆に質問をしてきた。
「ねぇ、いっちゃん。私って、後どれくらい生きられるの?」
「葉奈…」
 もう一度葉奈に「頑張って」と言われて、一朗はようやく医者から告げられていたことを伝えることができた。

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